Suga Toshiaki Gallery
菅俊明 ギャラリー
あの世からこんにちは
夕方、散歩していたら自転車が近づいてきて、僕の2~3m前で止まると「よお」と声をかけてきた。まわりには僕の他に誰もいなかったので、顔をよく見たら若い頃のノリに似ている気がした。相手はニヤニヤしている。
「え?ノリ???」
「おう。元気かあ?」
ノリは同級生で、先日、病気で亡くなった。60歳すぎだったはずなのに、そこにいるノリは20歳ぐらいだった。気味が悪いとか怖いとか、そういう気持ちは不思議だが起こらなかった。でも驚いた。
「なんでや。お前、このあいだ死んだやんか。」
「うん。ちょっと顔見たなってな、来てみたんや。」
「えらい、若なっとるから、普通、わからへんで。」
「ほんま?でも、わかったやんか。」
「そらあ僕やから、わかったんや。その自転車は、このあいだ言ってた電動アシストのやつか?」
「そや。」
「まだきれいやなあ。死んでも乗れるんか。えーと、そんでどうする?この辺に喫茶店でもあったらええんやけど、そんなもんないし。」
「歩こうや。」
ノリは自転車から降りて押しながら僕と並んで歩き始めた。すれ違う人も別に僕たちに気をとめることはなかった。
「モワやミツもノリに会えたら喜ぶと思うで。」
「あいつら元気にしとるん?」
モワとミツも同級生で卒業してからも時々会う仲だった。
そんなふうに、以前と変わらない話をしながら、僕たちはあてもなく歩いた。
「あのさ、あの世のことなんか聞いてもええんか?」と僕。
「うん、でもあんまりよくわからへんねん。もやもやあとしとってな。死んだお母ん、どこかにおるんかなあと考えたら、なんやふっと出てきよった。えらいうれしそうにしよったわ。こっちは死んで落ち込んどんのにや。この自転車もな、あれどないなったかなと思ったら目の前に出てきよった。ときどき、もやもやの中に誰か通り過ぎるような気がする時もあんねや。」
「へえ。そやったら、その自転車も、その、もうお釈迦になっとるいうことなんか?」
「あ、ほんまやな、そういうことなんか?まだ新しかったのに。」
「もらったらよかったなあ。かっこええし。それにしても、お前なんでそんなに若いんや?」
「死んでから鏡見てないし、若なっとる気はしてたけど、そんな若いか?それもなんでかわからへん。自分で自分のことをこうと思ってるイメージが出とるんかなあ?」
「ふーん、ええなあ。まあ、死んどったら、ええのかどうかようわからんけど。ゴエには会うたんか?」
「ああ、会うたよ。久しぶりやん、なんか喜んで、ようしゃべとった。ゴエも、そういえば若かったわ。そやけど、あいつ死んだんが、まだ若かったから、若くても不思議ないわな。」
「ようしゃべるんは相変わらずなんやな。ゴエにも会いたいけどなあ。そんでノリ、またちょくちょく来れるんか?」
「そらわからへんねん。あの世は何もかも、なんか気まぐれなんや。」
「そうか。もし来れたら、そんでできたらさ、ゴエもつれて来いや。」
「うん。」
ノリのほうを見ると、横顔は少し青白く見えた。
「ノリさあ、カラオケ好きやったやん。またカラオケ行きたいと思ってたんや、一緒にな。最近は誰とも行くことないし。あの世にカラオケなんか無いんやろ?」
「いや、あんなあ、なんか町みたいなんがあるねん。もやもやとした中に、古いんやら新しそうなんやら、ごちゃごちゃと家や店があってな、カラオケもあんでえ。そやけど行くたんびに、なんか道や店のあった場所が、ちょとずつ違うねん。もやもやで、どこまで町が続いているかもわからへんし迷ってまう。」
「つぶれて無くなった店や家が、あの世に集まっとるんかなあ?もやって、それは雲の中っちゅうことか?」
「空の雲か?それはちゃうやろ。地面みたいなんもあるし。来てみたいんか?」ノリがこちらを見てニヤッと笑った。「まあ、急がんでもええわな。そのうち来るやろ?」
「そやな。もうちょっと、こっちでええかな。」僕は苦笑い。
気がつくと、いつのまにかノリが押していた自転車が消えていた。
「自転車が消えとるやん。」
「うん、あの世はそんなもんやねん。出てきたり消えたり。ようわからん。」ノリが笑って答えた。
「今度ほんまに、みんなでカラオケ行かへんか。」と僕が言ったとき、横にいたノリが少し後ろに遅れたような気がして、振り向いたら、もうどこにもいなかった。
「なんや・・・。消えるんやったら挨拶ぐらいしてもええんとちゃうん、ノリ。急に消えんなや。寂しいやろ。」僕は小さな声で言った。すっかり街は暗くなっていた。
あとから、いろいろ話したかったことを思い出して、また会えるような気がしていたけれど、それから二度とノリは出てこなかった。あれは、あの世の期間限定特別サービスみたいなものだったのだろうか。
2021-06-26